わたしには悪い癖がある。
あるカメラを、小躍りしながら購入しひとしきり悦に入り、飽きて売る。
ここまでならまだ良い。問題はこの先だ。
しばらくするとその同じカメラがまたぞろ気になりだし、遂には抑制を失ってカメラ店へ、
気に入ったものがあれば躊躇なく買う。
しかし気に入ったものがないと延々と探し始める。
一度手にしているものだから、チェックポイントを知っている訳で些細な不具合が気になって仕方がない。
具体的には、
Nikon S 同 F2 Pentax MX Olimpus Pen F 同 PenD
この辺りはもう何度買って何度売ったのか記憶に無い。
ちなみにこの中で現在手元にあるのはPentax MXだけだ。
どのカメラも、相当なカットを撮ってから売っているのだから良いではないか。
そう自分に言い聞かせてみて気がついた。
なぜ同じカメラを何度も買うのか。
自分は写真が下手だ。誉められたものではないどころか強烈に下手であるという自覚がある。
ただ何かの拍子におかしなテンションにはまると、少なくとも自分では納得できるカットが生まれる事がある。
それはどんな時なのかは、その時点では自分はその "おかしなテンション" の渦中であるから判然とはしないが、
後からその頃のタイムラインを見ると、ある特定のカメラに夢中になっていることに気がついた。
なにかの副作用だろうか、実際に写真を撮っているのは、いつもの代わり映えのしないデジタル一眼レフなのだが。
ただ、この感覚は後戻りのきかない強烈な依存症のようなものらしい。
朝から夜まで、何時間でも。
「納得できるカット」を得るという快感を止めるのは容易いことではない。
しかしその陶酔は突然奪われる。
所詮 "おかしなテンション" なぞ長続きはしない。
ビギナーでもないのに、ビギナーズラックなど望む方がおかしいというものだ。
だから、蜜月は終わり倦怠はいつしか憎悪に変わる。
わたしは全ての関係を清算しようと試みる。
ある朝、そのカメラは使い古しの紙袋に放り込まれもう二度と帰ることは無い。
人生もまもなく正午になろうとするこの頃、
昔のヒューマンリレーション、特に恋愛の事を思い出す。
思い出は中古カメラ店には売っていないと気がついた。
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